視線で示されたそこには鳥形の式神がいた。それを捕まえると社殿へ向かった。
 大分人が集まっていた。夕香は神楽殿の裏で待機、月夜と少年、遼哉はそれぞれ脇に待
機していた。
「水無月を」
 一人の巫女が水無月を一つ渡してくれた。月夜は会釈をしてそれを食べるとため息をつ
いた。和菓子らしく甘ったるい。だが、伝統は守らねばならない。溜め息をついたのはそ
のせいだ。
 そして提灯の光が神楽殿をほのかに照らす。灯篭が明かりを灯しそれを合図に高い龍笛
の音が響き渡る。哀切な音色と夕香が持っている巫女鈴の清らな音色があたりに響き渡る。
 そして、月夜と夕香は荘厳な気配があたりに降りたのを感じた。使いであるらしい狐が
小首を傾げた状態で、舞台の端の上にちょこんとお座りの体勢で夕香をきょとんと見てい
た。
 その神気に誘われたのか夕香自身天狐の神気を振りまいていた。月夜はその気配におさ
れないように集中していた。
 そして鈴の音が闇の帳に包まれた星空に吸い込まれて行った。雅楽の音も同様に吸い込
まれ、やがてその余韻もなくなっていった。
 人々は夢見ごこちで茅の輪を潜り家へ帰っていった。
「軌都殿、蒼華殿」
 とりあえず神の使いである狐と戯れていた二人は神主の姿を認めて顔を引き締めた。力
あるもの出なければ見えないが月夜の頭の上にちょこんと小さな狐が乗っている。その姿
がなんとも苦笑を誘う。
「今回は、ありがとう御座いました。報酬の方は後日」
「はい。差し出がましいのですが、鎮守の杜にある祠、もう少し掃除をなさった方がよろ
しいと思いますが?」
 塩を撒いて米でも供物に捧げれば神様もそれでよろしいと申しておりますしと続けて頭
の上に乗っていた狐の肩の上に乗せて溜め息をついた。そして、月夜は髪文字を取っても
との髪型に戻って溜め息をついた。
「なあ」
「なに?」
「髪重くないのか?」
 髪文字をつけていて思ったのは唯一つ。途轍もなく重い。夕香はそれを聞いてコロコロ
と笑った。
「まあね、あたしは昔からこんなんだったからそう思わないけど、ショートも軽そうで良
いなて思うこともあるね」
「軽くしないのか?」
「とりあえず、ずっと伸ばしていたからね」
 穏やかに言うと胡桃色の髪をそっと手櫛で整えた。白い巫女服の上を胡桃色の髪が踊る。
その髪を生暖かい夜風がさらう。その様子を余す事無く見ていた月夜の心臓の律動が高鳴
った。ふとその髪に触れてみたくなってそっと手を伸ばした。
「月夜?」
 名を呼ばれてハッと我に返った。伸ばしかけた手を引っ込めてそっぽを向いた。俯いて
今自分は何をしようとしていたんだとふと思った。
「なんでもない」
 背を向けると空を見上げて溜め息をついた。無意識に龍笛を唇に当てていた。そして思
うが侭吹き続けていた。静謐な空気があたりに満ち、優しく哀しい音色が響き渡った。
 風がその音色に合わせて踊り、使いの狐がだんだん消えていった。そして最後の一音が
消えたとき、狐の姿はなくなっていた。
「綺麗ね。音」
 あまり音楽に親しんだ事はないが綺麗な音だったと素直に思った。月夜は彼らしくない
寂しげな表情で静かに笑った。
「これぐらいしか能がないんだ。勉強以外ではこれぐらいしかできない。音色師の所に一
度修行に行ったこともある。親父が見つけた俺の才能だ」
 術者以外のなと後において静かになった境内を見回して溜め息をついた。
「着替えるか」
 そう呟くと社殿の中に入り巫女服を脱いで私服に着替える持つ物を持って巫女服をたた
んでと時間をかなりとってしまい夕香が眠そうな目をしていた。
「悪い」
 そう言うと夕香とともに神主に挨拶して社殿から出て鎮守の杜を抜け単車に跨った。
「眠い」
「寝たら振り落とされるから捕まってろよ」
 忠告めいた言葉を残し単車を動かした。夕香は本当に眠いのか月夜に体を預けてきた。
温かいその柔らかい肢体とふわりと香ってきた甘い匂いに月夜はどきどきしながら運転し
ていた。そしてぶっきらぼうについたぞと言うと何も答えが返ってこなかった。夕香の体
を支えながら振り向くと夕香はすうすうとあどけない顔をして眠っていた。
「まったく」
 呆れたように言う月夜はなんとも優しげな表情をしていた。単車に鍵をかけて夕香を抱
え上げると自室に帰っていった。
 白い光が目蓋の上から降り注いでいた。眩しくて目蓋をこじ開けると反射光が目を射る。
しばらく瞬きしてどこだろうと考えた。自分の部屋ではない。昨日どこで寝たかと思うと
月夜の背だったようなきがする。確か帰っている時に眠くなって寄りかかっているうちに
眠くなってそのまま。つまり――。
 ハッとおきるとそこは自分の部屋とは正反対の整理整頓が行き届いた白い清潔感のある
部屋だった。
 布団をたたもうとしたが何かに引っかかったの感じてベット脇を見るとベットに寄りか
かってすやすやと眠る月夜がいた。軽く化粧をしていたはずなのだがそれを取って素顔の
ままで眠っていた。ふと自分の顔はどうなっていたのだろうと思い手をやると白粉が手に
つかずにいて、その手を唇に手をやると紅もついてなかった。
 実は、昨夜、月夜がどきどきしながら夕香の顔にある白粉と紅を取ったのだ。
 半日塗りっぱなしであったために半ば乾いていて軽く蒸したタオルでそっと拭い取って
いたのだ。特に動揺していたのは唇の紅を落とすときでその柔らかい感触に月夜は他の事
で気をそらしながら夕香の唇から紅を落とした。落とした後もその動揺は消えずに結局気
分を落ち着かせるために思い切り単車を走らせてきた。
 あどけない月夜の寝顔に夕香はぽかんと見つめていた。くすりと笑うとそっと頬に触れ
た。
「……う」
 微かにうめいて目蓋を開いた月夜は寝ぼけたようにぼんやりと夕香を見つめた。何度か
瞬きをして溜め息を吐いた。
「おきたか」
「うん」
 夕香が頷くと月夜は体を起こして伸びをした。そしてカーテン引いてなかったなとぼや
いて少し待ってろと言い置いて寝室から出て行った。そして数十分が経った頃月夜が顔を
のぞかせた。
「きな」
 夕香が出るとダイニングには二人分の食事が用意してあった。とりあえずホットミルク
に食パン二枚ずつ、ジャムやハム等が皿に盛ってあった。
「ココアにするか? そのままか? コーヒーでも?」
「ううん。このままでいいよ。砂糖って?」
「入っている。足りなかったらこれで」
 スティックシュガーを夕香に渡し月夜はホットミルクにコーヒーを淹れミルクコーヒー
にした。
「砂糖入ってるの?」
「いいや。あまり、甘い物は好かないんでね」
 肩を竦めてマグカップを両手で持ってミルクコーヒーに口をつけて手馴れた手つきでレ
タスとハムをパンに挟んでマヨネーズで軽く味付けをすると食べ始めた。夕香は、あまり
使われてないらしい月夜の部屋においてあるとは思えないかわいらしい小さな瓶に入った
木苺のジャムでパンを食べ始めた。
「これ、手作り?」
 ジャムを視線で表し月夜に聞いた。月夜はパンを食べながらうなずいた。
「甘い物は好かないが、作るのは別に良いしな」
 飄々と答え食べ終わってパンを一枚残した。夕香に食べるかと聞いて夕香が頷くのを見
て渡した。
「お前は甘党か?」
 その言葉に頷いた。食べるのは良いけど作るのはめんどくさい。つまり、月夜と反対だ
った。足して二で割れれば丁度だろう。
「今回の任務はこれで終りだな」
 ややおいて月夜はそう言った。夕香はうんと一つ頷くと溜め息を吐いた。ほぼ同時に月
夜もため息をついていた。
 


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